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スキルアップのための10日間集中ワーク

≪特集≫ 

指導者の”破”~スキルアップのための10日間集中ワークショップ

このワークショップが必要な理由

 

日本アレクサンダー・テクニーク研究会
谷村 英司
  5月24日から6月2日の10日間、研究会の教師とトレーニー(トレーニングコース参加集の生徒)が奈良スタジオで一堂に会して『スキルアップのための集中ワークショップ』を開催しました。これは当研究会の顧問であるリカ・コーエンさんの提案です。「このテクニークというものは『トレーニングコース』を修了したらそれで終わりというものではない。むしろそれからが本当のトレーニングが必要となる。だから私が日本に来なくなってもエイジを中心に年に2度くらいはこのワークショップをするべきだ」と、何度も話されていました。その度に私はそんなことは自分自身に正直な人なら誰にでもわかることだと言っていました。しかし、リカさんの知っている限りでは世界中のスクールはそうではないようです。スクールを修了して、教師のお免状をもらえればそれで終わりで、個人個人がめいめい勝手に一人で仕事を始め、バラバラになってしまい、当研究会のようにその後さらに向上するためにお互いに会して研鑽しているグループは少ないとのことです。だからこそ、そのようなことにならないようにこのことをあえて提案されたのでしょう。

 

  そこでなぜそのようのことになるかと考えてみると、“お免状”をもらうということで、もう学ぶことは終わりで、これからは教えることだと思い込んでしまうのかもしれません。こういう人は一般的に教えることは好きでも自分自身について学ぶことは嫌いなようです。そしてこういった行為をよく観察してみると、それは単に自分自身が自慢したい人であり、自分自身に注目してほしい人であり、人に教える、あるいは人を育てることに興味がない人だということがわかります。そんなわけで教師はむしろ自分自身を学ぶために、あるいは精進するために教えるのだと私は思っています。
  それではわれわれが“精進する”、あるいは“進歩する”とは、どういうことなのでしょう?
  われわれはどんなことであれ、学んだことを自分の中で確立しようとします。そしてそれをもっと確実なものにするためにさらに学ぼうとします。これが一般的な学ぶ態度だと思います。しかしこの態度に何かし欠けているものがあるように私には思えます。これだけでは教師自身は根本的に変化し、成長することができないからです。なぜ変わらないかというと、その人は自分の中で何も手放し、あるいは壊していないからです。確立しようとばかりしているために古い考えをずっと持ち続けていて、そのことを変化させることができないでいるのです。
  しかし、それを恐れていては本当の自分自身の精進はありません。そこで二者択一が必要になります。これまで確立してきたものが壊れるのを恐れてそこに留まったまま生きるか、これまで全く予想もしなかった新しい世界に飛び込んで更なる境地を発見するか…。そしてそれが自分自身でできた時こそ“離”が起こります。師匠からも離れることができるのです。なぜならそれまでは師匠が“破”の役割をしてきたからです。そういう意味ではこのワークショップもそういう役割もあるように思います。しかしそういうことが自分自身でできるようになればもはや師匠は必要がなくなるわけです。

 
機械的な自分と意識的な自分の気づき

喜多千絵(AT教師)

 10日間のワークショップで、学んだこと気づいたことはたくさんありました。外から入ってくる情報は山ほどあってとても刺激的だったし、好きなことを深く探究できる喜びを毎日味わえ、贅沢でした。
私が決めた課題は、腕の使い方が良くなること、言葉だけでなく的確なハンズオンで、生徒に実際のことを伝えられるようになることでした。それは生徒に教えていて出てきた、今の私の問題点でした。

 初日から3日間は来日中のドロシアさんのワークショップで自分自身に起こっていることを一つ発見しました。目の前に置いた椅子を使って、方向性を考えるワークの時でした。一通りの作業を終えて目の前の椅子を取った瞬間、意識も身体も解放され何とも言えない自由さ、軽やかさ、安心感がやってきました。そのとき初めて、私は目の前の椅子に“圧迫されていた”ことに気づきました。そして、生徒を前にした時の圧迫感はこれだと思いました。私は無意識に外からの刺激にこういう反応をしているのか、と驚きました。

 残りの7日間でも面白い体験をしました。それは、私の内側が流れ続けて広がり続けて、どんどん冴え渡っていくという出来事でした。あれほど悩んでいた腕が、いつもすぐに閉ざしてしまう意識が、何かに反応して固く重く停滞していく身体が、そういう現象を起こさず意外な方向に展開することがありました。

これらの体験を通して何が起こったのか、私なりに考えてみました。ヒントとなったのは谷村先生がおっしゃった、機械的・意識的という言葉でした。

 重い・固い・焦る、面倒くさい・イライラ・拒絶、そして図に乗るなど、私にはキリがないほど問題があって、邪魔だと思っていました。でもそれを、刺激に対していつも決まりきった機械的な反応をしているだけだとまとめてみたら、すっきりしました。その態度自体が問題で、内容や結果の一つ一つは重要ではないこと、たとえ深刻に向き合って考えたとしても、消耗するだけで賢明ではないことが分かりました。それはいつも私がやっていたことだったからです。

 やはり機械的なときは、余計なことをしつつ何か大切なものを見失っています。閉ざしたり、止めたり、混同したりして、自分の内と外で絶え間なく起こっている変化を、全体的なつながりや関係性として意識的に感じられていません。まずは単純に、刺激に対して意識的に感じたり、聞いたり、見たりしてそのままの感覚を丁寧に味わおうとしました。それだけでしたが結果、面白いことが起こったのでした。

 機械的な態度と意識的な態度の違いや、その結果引き起こされる現象が、体験を通して少しずつ明確になってきたことは私にとって大きな収穫でした。そして私が抱えている問題の根底にある、根強く支配する何かに触れたようでした。

 私は、もっと自分の感覚を信じようと決めました。そして、内側の繊細な活動の中に方向性を感じ取り、起きていることをきちんと表現していく努力をしなければならないことも感じました。それによって、機械的な間違った反応は減っていくはずです。

 そのように模索する過程を楽しめるようになりたいです。機械的な自分に気づいたらそれ以上深刻にならないこと、そしてさらりと意識的な地点に戻り、いろいろなものごとと丁寧に関わる、この基本を大切にして、自分なりに深めていきたいです。

 
 

 

集中ワークに参加して
井上和代(AT教師)
今回の奈良の集中ワークに私は3日間だけ参加したのですが、今まで部分で理解してきた事柄が少しずつ繋がり始め何かプレゼントをもらった感じのワークショップでした。

..アレクサンダーが発見したプライマリー・コントロールをうまく使うための原理に基づいて、頭、首、背中、四肢の関係をより的確に繊細に、まず自分自身が学び、“芸術”といわれるアレクサンダー・テクニークを教えるための技法を学びました。

「首を自由に・頭は前に上に・背中は上下左右に広がり・地面と対抗する」とはどういう意味なのか?

背骨がどうなって背中がこうなっているのか、よく見て考えてどこからアプローチするか何を課題にするのか思考と感覚を働かせ言葉を使い指のタッチで方向性を送っていきます。

まずは頭と首の関係と方向です。首のロックを外し、頭を自由にして、あごの空間、額の方向と微妙に調整しながら頭は前に上に。すると背中が変わります。肋骨がふくらみ、骨盤が広がり、手足に流れトータルな関係性が働き床と拮抗しながら上の方向へ行く道が見つかります。頭と背中が拮抗して客観的に見ても背中の長さと広さの違いが実感できます。体だけ改善されるように思いがちですが、実は内側が動き出しアップの方向へ働くと体感覚も変わり軽くなる感じや楽になる感じが出てきて、心身ともに及ぼす影響は大きいです。これが秩序あるプライマリー・コントロールの働きです。習慣や緊張の邪魔さえなければ誰もが持っている働きです。このように私たちは実際に体を通して見て、考えて、感じて外から見ても内側の働きが想像できるようになりました。学んでいく上での感覚に対する認識の誤りから違う方向へ行ったりと、ワークショップに参加してみて気づき、一つ一つ修正され理解が深まっていきます。それぞれの研究会で学んでいる仲間と年に2回集い高い目標に向かって真剣に学ぶ姿はすばらしい事ですし何より一緒に学ぶだけで楽しいです。

いつも根気強く忍耐強く指導してくださる英司先生と順子先生には敬服させられます。

 
終わりなき精進の道

船坂孝江(東京トレーニー)
今回の奈良でのワークショップは私にとって初めての長期間集中してワークを受ける貴重な機会でした。普段出会えない方々と一緒に学べてとても楽しかったです。

まずは、笑顔の素敵なドロシアさんのワーク。自分の感じる“スペース”が相手に伝わること、相手と自分の間にも、自分の身体の中にも、考えの中にもスペースを持つことの大切さを教えてくれました。「信頼して…」、「そうなるよう許してあげて…」といった言い方で、「やろうとしないで、起こってくることを待つこと」を、また「立っているときにはたっている、その瞬間を楽しむように」ということを学びました。

そのあとは谷村先生の連続ワークショップ。基本の“き”を丁寧にいろんな角度から教えていただきました。結局のところ、いつも自分の状態に気づくよう心がけ、ずれていたら基本に戻るしかないのでしょう。『思考を持つ』→『やってみる』→『感覚を開いて受け取る』→『理解する』→『思考を持つ』…。この「気づきのプロセス」が間単ではないのは、心が騒がしすぎて感覚が疎かになっているからだと自覚できました。

学んだことは数えきれないほどありますが、それもこれもバラバラな情報としてあって、一つのまとまりになっていません。でもコツコツと続けていけばいつかわかる時が来るだろうと、あせらないことにしました。なにしろ、このワークショップで出会った先輩たちは、それこそ何十年も勉強を続け今もなお学んでいるのですから。みなさんの「終わりなき精進の道」を楽しそうに歩む姿には、心から感動しました。

 
 
 

 

  • 2013年July 4日(Thu) 19:52 JST

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