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第9回 コングレスに参加して

第9回 コングレスに参加して 日本アレクサンダー・テクニーク研究会 谷村 英司

 前回のスイス・ルガノでのコングレスは3年前、通常は4年毎のコングレスですが、今回はオリンピックの年を外すために3年目に開催されることになりました。そして同じルガノで開催するというのも初めての試みです。これは地の利もあり、その上税金の面でも優遇があるということで、次回まではこのルガノで開催される予定だそうです。

 今回のコングレスが9回目と聞いて、それでは私はいったいどれくらい参加してきたのかと思い返してみました。初参加のオーストラリア、その次がイスラエル、この時は参加しませんでした。そしてドイツのフライブルグ、イギリスのオックスフォード、スイスのルガノ、そして今回も同じくルガノと、合計5回のコングレスを経験してきたということになります。ということはコングレスの歴史の半分以上は参加してきて、最初のオーストラリアからは20年以上も経っているということになります。個人的にはよくまあここまでやってこれたものだと感慨深いものがありました。かといって本人はそんなに一生懸命やってきたという自覚はありません。ただその時その時、自分自身がしたいと思ったことを正直にやってきただけです。要するに好きなことを好きなようにやってきただけなのです。

ボブさんと私 そしてその中でだんだんと出来上がっていったのが人とのつながりです。初めてのオーストラリアでのコングレスでは外国の先生といえば、ヘズィーさんの先生であったシムエルさんとATIの当時代表であったブルースさんぐらいしか知らず、ATの世界ではわれわれ日本人はまったくの異邦人でした。そこらか始まってフライブルグではリカさんと出遭い、オックスフォードではピーターさんと、最初のルガノではトミーさんやギオラさんと、そして今回はドロシアさんといったふうに、個々に親密に知り合うようになっていきました。そしてそれらの先生方を軸にまた別の先生方との輪が広がっていったのです。そして今では私にとってその先生方とコングレスで再会し、お互いの健康を確認し、ワークを交換し、お互いの成長を見ることがコングレスの一番の楽しみとなっています。こんな楽しみができるなんて、あるいは知るなんて、当初は思ってもいませんでした。よく考えてみるとこういうことができるのも毎回コングレスを進行するという大変な仕事を引き受けてくださる各国の先生方がおられるからこそです。そういった方々に本当に感謝です。

 今回のコングレスではディレクターの一人であるボブことロバート・ブリトンさんには大変お世話になりました。彼はカリフォルニアのバークレーのギオラさんのスクールでも教えておられるとのことでした。彼は英語がよくできないわれわれ日本人のために通訳つきのワークショップを開催してほしいという私の難しい要請に見事に、快く応えてくれて、1日に3度ものワークショップのための部屋と時間割をコーディネートしてくれました。しかも私の独断で先生方を指名し、その先生方に彼から連絡してくれて承諾を得てくれました。お陰でみんなにとって本当に充実したコングレスになったと思います。これまでのコングレスで一番すべてが順調で、充実したプログラムが組めたと言っても過言ではありません。本当に彼には感謝です。

 さらにさらにその上にです。ご存知リカさんがそれらのワークショップ意外に空いた時間を使ってわれわれに「グループワーク」と「個人レッスン」をしてくれるというのです。もちろん先ほど話したワークショップの予定にはリカさんのワークショップが3度も入っているのですが、それにもかかわらず、われわれにもっともっとワークに励みなさいということなのか、そんな提案をしてくださいました。私がただでさえ忙しい彼女のことを気遣って彼女のその提案に応えることを戸惑っていると、「したいの? したくないの? どっち? 」と私の迷いを吹っ飛ばすような語気で聞かれてしまいました。その勢いで思わず「したいです!」と言ってしまいました。何と優柔不断な私。それに比べて彼女はいつも単刀直入です。ややこしい裏取引なし。言い訳なし。気遣いなし。やりたいのかやりたくないのか? それで終わりです。なんて男前なんでしょう! 今回のコングレスに限らずいつものことでが・・・。そんな人柄のせいか彼女がワークしている回りにはいつも人が集まっています。でもそういう一方で「私は誰にでも私のワークを教えるわけではないのよ」という意味深なことも言ったりされます。要するに自分のワークを本当に理解する人はそんなに多くないということなのか? エクスチェンジの部屋で(エクスチェンジの部屋というのは参加したみんながいつでも自由に出入りできる部屋で、そこで教師同士がワークをエクスチェンジつまり交換し合ってお互いの経験をさらに深めるための部屋のことです)、その部屋でリカさんとワークしながら周りを見て私に「この部屋の何人が私の言うアップという意味を理解しているのかしら? 多分そんなに多くはなさそうね」とつぶやかれたのを思い出します。したがってそれを理解できそうな人間にしか教えないということになるのかも知れないと思うと畏れ多い話です。でもありがたい話しです。そのありがた味は日本のみんなにわかっているのでしょうか? だからそんな簡単にレッスンを引き受けていいのだろうかという気持ちも私にはありました。まあそれも小心者の迷いの多い男の考えそうな心配事でそんなところで生きている以上は心に安らぎはないんでしょうね。

リカさんと私のワーク風景、ピーターさんと私のワーク風景

 まあそんな訳で、とっても濃厚で、充実したわれわれのコングレスが始まりました。初日の朝はピーター・リボーさんのワークショップからでした。彼とはオックスフォードの大学を借り切って開かれたコングレスで知り合いました。ロンドンで長年スクールをしておられて、リカさんと同じパトリック・マクドナルドさんの学校を卒業されています。リカさんとは大の仲良しで、リカさんと2度ほど夕食を一緒に楽しいひと時も過ごしました。その話しの中で彼の母親はロシア系の人で、ロシア皇帝の家庭教師をなさっていたそうです。とても頭のいい家系のようです。それはともあれ彼のワークの中で私が印象に残ったことは、 「アレクサンダー・テクニークは普遍的なものでありながら個人的なものに働きかけるというパラドックス(逆説がある」 という言葉でした。

 そんな風にこのテクニークを考えたことはなかったのですが、よく考えてみるとそのとおりです。確かにこのワークは普遍的なものです。普遍的という意味は時代が変わろうが、人が変わろうが、年齢が変わろうが、流行が変わろうがこの原理は変わらないということです。それでいてこの普遍的な原理は個々人の個人的なところに作用し始めるというのがパラドックス、つまり逆説的で矛盾している現象で本当に不思議なところです。だから個人的なこと、つまり音楽をやっている人であれ、スポーツをやっている人であれ、心理的なことに興味がある人であれ、若い人であれ、年配の人であれ、その中の個人的な問題は違ってもやることは同じなのです。つまり、「首を楽にして、頭は前に上に、背中が後ろに行きながら上下に長くなり、左右に広がり、足が大地に対抗する」という内側の方向性を発見し、重力から反重力にリサイクルし、その力に方向性を与えることによってさらに再調整を進め、自分自身を支える内的な力を強いものにしてゆくという普遍的な原理を探求することなのです。ですからこれは個人を超えた原理だと言えるのかもしれません。

 ピーターさんはオックスフォードで心理学を学んでおられたとのことで、もっと心理的な話しもされるのかと思っていましたが、そんなことよりもこの原理をより正確に理解する為のワークをわれわれにしてくれました。つまり、足が大地によりしっかりと対抗する為には、頭と背中の関係をどのように考えればいいかといった非常に具体的で、基本的なワークを示してくれました。なぜ彼が心理的なアプローチをせずにそうするのかも今の私にはよく理解できるような気がします。つまり先ほども話したようにこの原理は心理学を超えているというか、それ以前の問題だからです。旨く話せませんが、この原理を自分自身が活用できるようになる為には心理的、身体的能力を再統合させなければならないのです。言い方を代えると心理学を学ぶことによってこのワークが上達するのではなく、あるいは身体的に運動能力が上達することによってこのワークが上達するのではないと私は考えています。それらが先にあるのではないからです。それらは後の問題なのです。それよりもまず心理的、身体的統合能力を取り戻すことがこのワークの本分だからです。その統合能力を取り戻した上で、身体能力を高めたり、心理学をさらに深く探求するということなのではないかと私は思っています。

ドロシアさんのワークショップ風景 次にドロシア・マゴネットさんにもワークショップをしてもらいました。彼女とは今回が初めてでどんなワークをされるのか楽しみでした。彼女の話の中で面白いと思ったのは、それは教師が生徒に手を置くとき、もう既に心理的、身体的に混乱しているということに気づかせてくれたことです。その原因はエンドゲイニング的心理状態であり、自分自身であることから離れてしまっていることだいうわけです。彼女の話をよく考えてみると意識が今ここにあるということは結局自分自身であることなんだということでした。いつも自分自身であっていいんだよと自分自身に言ってあげることが結果として安心して今ここにいる意識に戻れるということではないかということです。例えば誰でも自分自身の家、あるいは部屋に戻った時にはホッとして意識が落ち着き、開放されるのではないでしょうか。
 日頃から自分自身であることを否定し、責めているタイプの人にはそんな彼女のワークに安心感と安定感を感じるようでした。

 それと関連して、われわれ一人一人は世界じゅうを見渡しても誰一人同じではないということを力強く話しておられたのがトミーさんでした。またそれは同じである必要はないし、いつもあなた自身であっていいんですよ。そしてそれはかけがえなのない存在なのだというメッセージのような気がしました。よく考えてみるとそれはすごく当たり前のことなのですが、それをわざわざ強調したかったのは、われわれはともすると自分自身であることを否定し、何か別なものになろうと、自分の場所から迷い出て、混乱しているということが多々あるからだと思います。われわれが迷い、混乱していることには気づいても、そんなことをしていることには気づいていないのではないでしょうか? 気づかないどころかそうすることが当然とさえ思っているのかも知れません。そして迷い混乱していることに気づき、そこから逃れようともがくのがわれわれなのです。しかしその逃れようとすること自体が自分自身から遠ざかり、何か別なものになろうとすることですから、さらに混乱してしまうのです。混乱しているなら混乱しているその“自分のまま”でいなさいということなのです。そうすることが今ここにいる意識につながり、静けさと安定感がやってきて、そこに自分自身を再調整するチャンスがやってくるというのが彼のアイデアでした。

トミーさんのワークショップ風景、ギオラさんと私のワーク風景

 最後にギオラさんです。彼は去年の春イスラエルでお世話になったシムエル・ネルケンさんからワークを受けたのがこのワークを学ぶきっかけだったそうです。これは私と同じなのですが、シムエルさんが彼にいったい何をしたのかを知りたくなったというわけです。そしてリカさんは2番目の先生だったとのことです。それでP.マクドナルドのスクールの門をたたくことを決心されたそうです。ですからリカさんとも大の仲良しで、お二人の会話は漫才の掛け合い話のようでした。彼のワークショップでもっとも参考になったことは、生徒に手を置くことを練習することを「ハンズオンワーク」というのですが、このワークの教え方です。後頭部に一方の手をどのように置き、もう一方の手であごの下にそのように置けばいいのかを丁寧に教えていただきました。こんな丁寧な教え方をされたのは初めてで、大変参考になりました。そしてその手が床に対抗している足と関係づくためには両腕は首を同じように常にフリーでなければならないということでした。教師になるための生徒にわかりやすく、しかも効率的に教えることに優れている先生だなと思いました。

 以上6日間のコングレスで午前に1度、午後に2度で計一日に3度のそれぞれ1時間半のワークショップをしてくださった先生方の私なりの感想を簡単に述べさせていただきました。これも私の非常に個人的な感想で、他の方々はまた違った印象を持たれたかもしれませんので、今回のコングレスに参加された方々の感想も後に掲載させていただきます。
 このほかにもエクスチェンジルーム(ワークを交換する部屋)での世界各国の先生方とのワークによる交流風景やF.M.アレクサンダーに直接トレーニングコースを受けられた、いわゆる第一世代のエリザベス・ウォーカーさんのワークショップ風景、そしてリカさんと彼女とのワークのエクスチェンジ風景と、ほんとにすばらしいシーンに出会うことができました。言葉では言い尽くせない、参加した者にしかわからないものがたくさんあります。
 これからも世界の人たちとのこの友情を大切にしてゆきたいと思っています。

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  • 2011年10月 7日(金) 17:37 JST

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