• アレクサンダー・テクニークとは
  • 日本アレクサンダー・テクニーク協会とは
  • ワークショップ
  • トレーニングコース
  • ライブラリ
  • 教師紹介
  • 教室紹介
  • お問い合せ

 


夏休みワークショップ特集

 

Thinking Inner Movement

考えるワーク

 

夏休みワークショップ特集 

日本アレクサンダー・テクニーク研究会 谷村英司 

 

   

  7月16日~18日の3日間、海の日を利用しての毎年恒例の集中ワークが東京で行われました。

そのご報告をしたいと思います。以下はその感想集です。

面白い感想をお寄せいただいた皆様ありがとうございました!

 

 
 自分の変化に驚きました
 
澤口博子
 
 集中ワーク3日間ありがとうございました。とても楽しい3日間でした。今回が初めての参加でしたのでどんな3日間になるのか不安と緊張感そしてワクワクした気持ちでの初日スタートでした・・・がアッという間の3日間でした。
3日間を通して新たな発見や驚きがいくつもありましたが自分自身が一番変化したと思ったことは、疑問に思うことそしてその事を確認したい!と思った事でした。今迄は“どうなんだろう”“こんな感じなのかなぁ”と心の中で思っていても“そのうちわかるのかもしれない”等と口にも出さず確認もせず消極的でした。この自分の変化には驚きました。このワークを通して変わっていく自分に興味津々です。何だか止められないATになりました。とても充実した3日間を過ごさせて頂きました。3日間ご指導頂きありがとうございました。
 
 

 
 昨年とは違った感想になりました
 
芦澤智美
 
 研究会に入り3年目、集中ワークの参加は2回目です。昨年とは違った感想になりました。今年は足の裏のしっかり感と、首と背中がつながったことを感じる事ができました。髪を結んでいたのですが、その結び目が実際より上にあるようなアップを感じる事もありました。
また混乱してしまう事もありました。肩、肘の力が抜けない事もあり、また感じていた足の裏のしっかり感がなくなり、床と接触していないようなそんな感じがすることもありました。
先生のお話の中で
・感覚=静か、落ち着き
・見ようとする態度、感じとろうとする態度
・体に対する意識状態が変われば体が変わる。
この3つの事が3日間の中でいろいろ体験し感じた事で印象に残りました。
谷村先生、中白先生、トレーナーの先生方3日間ありがとうございました。
 

 
「あの感覚のことかも」と共感
 
長屋郁子
 
 3日間の集中ワークを終え、買い物して帰宅。夕食、片付けの後、ゆっくりしようとした途端に、夫から「今からこれして欲しい」と仕事を一つ頼まれました。私は自分優先で「明日にする」と断りました。
今までの私は、イライラしながら体に力を入れ、せねばならぬの様に行動するのですが、その日は「休憩する」と言って休んでいるとふと『その仕事の面倒くささをあれこれ考えないでみよう』と思い、テレビを眺め少し経つと、自然な気分でよしやろうと思え、身体は軽くいつもより速く片付きました。ワークした後だったからかもしれませんが。
私は、基本の立ちワーク、横になるワークと少し体感できるようになりましたが、日常にこれをどう生かせるのかわからずすっきりしませんでした。それが今回のワークで少しずつ繋がってきた気がします。
先生は日常生活の中で大切なことに関連づけてお話下さいます。これまで、聞いてもこの様にはキャッチできなかった言葉が、今回は「あっ!こ
れだ」と心に入ってきて感じる言葉になっていました。
「選択していく勇気」「感覚は積極的なもの」「慌てなくていい」などそれは、私の生活の中で感覚的ですが、自分もそのことを感じ、意識し始めていたことを、先生の言葉ではっきり気づかせて頂いたような気分でした。違っているかもしれません。でも「あの感覚のことかも…」と共感できたことが嬉しく新鮮でした。

昨年までは理解できず信じられない気持ちの多いATでしたが、今はATの確かさと不思議さと、もっと気づいてゆきたいと感じ始めています。先生方、皆様ありがとうございます。

 


自分の習慣に気づけるようになりました

臼居淳子

 [夏の集中ワーク]今回で5回目の参加となります。そしてアレクサンダー・テクニークに出会えて学ばさせていただいている事が当たり前ではなくとても幸せで稀な事なんだぁとつくづく感じながら今年は参加させていただきました。

3日目の朝の電車の中で、背中を短くして頭を引き下げ、腕・足を引き寄せている自分に気づきました。これは、英司先生のおっしゃっていた良い身体感覚を知ったからこそ自分の習慣に気づけたのだと思いました。

無意識の習慣と言われても、最初の頃は分かりませんでした。けれど、今はその習慣に気づけるようになりました。でも、まだまだ気づけていない習慣があると思います。

そして、今回のワークの中では、新しい身体感覚・背中のサポート感・身体全体の協調作用を感じる事が出来ました。

 


自分を引き出す助けになるのは周りのみなさんでした。

大谷尚子

その1.

「あー、こんな身体にされちゃったら、弱音吐きたくても、吐けないよ~」

初日の谷村先生のプライベートレッスンが終わり、先生に「どうですか?」と聞かれたとき、実はこころの中でこうつぶやいたのです。どうも、未だに、自分のプライマリー・コントロールが働き出したとは思えず、先生に「してもらった」感があるんです・・・。

あ、「こんな身体」とは、「強さ」感がある身体。薄っすらかもしれない、でも、確実な強さ。何か背負い込んでいたものが、抱え込んでいたものがすっきりした後の、軽さがある強さ。

その2.

今年は三日間、ゲームのようなワークがありました。一人で横になって天井を見ているときは、「何か違うな~」という感じですが、他者と交わると、電球がついたかのようでした。一人でいるとどうしても(って言っていいのかな?)内向き、目覚めるきっかけ、自分を引き出す助けになるのは、周りの皆さんでした。お世話になりました。

その3.

日曜日、月曜日に浦野さんとハンズオンの練習をしました。今まで、一期生が練習しているのを横目で見ながら、「いいな~」と思っていましたが、何をしていいやら、分からなすぎて練習もできなかった。練習するのに3年かかりました。分かったのではなく、分からないこと、分かりたいことが少し明確になるのに3年かかりました!


充実した3日間でした

鳥海 良子

3日間の心と体の変わり様が、面白く感じました。前の日と同じ事は、2度とやって来る事はない。もう一度あの体験をと、期待する思考が感覚を邪魔し、身体を固め、悪循環を起こす。…の話を聞き、今の自分の状態に気づかされました。気づくと、体と視界が新鮮になることを感じ、固まることも早いが、瞬時に変われることを実感しました。

盲目の人が、舌で音を鳴らし、その反響音で自分自身と物や人との距離感、質感を確認する話を聞き、周りの存在があって自分を認識できるという考えは、これまでの私にはまったく無かった発送だったので、周りを見ることが、新鮮に感じられました。

 個人レッスンでは、肩、腕、手の方向性を示して頂いて、仙骨の痛みが薄らいでゆく身体のつながりを感じました。私の想像していない部分のつながりを感じられたことは、楽しい発見でした。

 また、骨盤を傾ける癖を、力強く方向性を手で示して頂き、体を通して理解できました。まだまだ、体と脳がつながらず、ワークについていくのは必死でしたが、他人の身体を直接見て、触れて、変化を感じたり、充実した3日間でした。

 考えの習慣も、自分で気づけば選択することができる!日々チャレンジしたいと思います。ありがとうございました。

 

ピーター・リボー3日間ワークショップ
 
 
7月10日~12日の3日間はリカさんとも旧知の仲のピーター・リボーさんがイギリスから来日され、奈良スタジオに来ていただきました。3日間と短い期間でしたが充実した学びがありました。
われわれのもてなしのお礼として「アレクサンダーへの道」というイギリスのATの協会から2015年に発行された本を頂きました。それは長年ATの教師をされている方々の経験談集でした。その中にピーターさんのものもあり、彼をご紹介するのにちょうどいいと思ったので掲載させていただくことにしました。前回に紹介した「テクニークの真髄」の著者パトリック・マクドナルド先生のお話も出てきます。
 
アレクサンダー・テクニークへの道
 
ピーター・リボー

19歳のある日、腰に軽い痛みを感じた私は、スカッシュのコートを後にしました。一週間もしないうちに、私は前かがみにさせられたかのように腰を曲げていました。それは、老人ホームが近くにあることを示す標識に描かれた図柄のようでした。(交通当局は、なぜ、老人といえば腰が曲てっているという既成概念に固執しているのでしょうか?)

腰の痛みは確実に増し、病院に行き(中にはロンドンのハーレイ・ストリート近くに診療所を構える名医もいました)、整骨医(オステオパシスト)、理学療法士等の治療も受けましたが、痛みは和らぎませんでした。それどころか、悪化したのです。ある日、母の友人が私の症状を聞きつけ、一冊の本を持ってきてくれました。それが、ルイーズ・モーガンのInside Yourselfでした。特に感銘を受けたわけではないのですが、その頃には、何かしなければという気持ちになっていたのです。そして、その本との出会いが私の人生の転換点になりました。
 
2-3日後、ロンドン市内のビクトリアン調の建物に足を踏み入れました。部屋にいたのは50歳程度の身なりがきちんとした男性、それが、アレクサンダー・テクニーク教師、パトリック・マクドナルドでした。前置きもそこそこに、私に椅子に座るようにいいました。それは、礼儀としてではなく、私の動くさまを観察するためでした。実際のところ、今思えば、何が問題かは既にお見通しだったのでしょう。すぐに、マクドナルドは、私にもう一度座るように言いました。ただし今度は、マクドナルドの指示に従いながら、でした。動こうとしたとき、私の首に両手を置き、即座に私を止めました。2-3回、試みたものの、指示どおりに動くのは全く無理に感じました。その指示とは、いつものように身体を崩して前へ下へと椅子に向かう代わりに、マクドナルドがするように、脊椎に後ろへ上へと自分で指示を与えろ、というものでした。何度も失敗を繰り返し、時折、マクドナルドが満足するように座ることができたのでした。
 
立ち上がるのはもっと大変でした-椅子から立ち上がろうとする度に、「後ろへ上へ」と指示をするものの、長年染み付いた「前へ下へ」という習慣的なパターンの抵抗を受けるだけでした。何度も何度も失敗を繰り返しました。この取り組みが4週間、休みが終わり大学へ戻るときまで、毎日続きました。
こんなふうに不出来だったのに、なぜ自分に苦痛を与え続けたのでしょうか。理由はふたつです。まず、どうやらこの人は正しいようだ、と何となく思えたこと。私は、漠然とですが、自分の動き方がどうも良くないと気付いていました。スポーツに熱心でしたが、例えば、高飛びで、本当なら成績が伸びても良かった時期に実際はパフォーマンスが落ちてしまったのです。恐らく、マクドナルド先生が答えをもっていたのです。二つ目の理由は、マクドナルド自身の動き方です。それは、実年齢より若い人の動きのように見えました。

 

夏休み中にさらにレッスンを続けたところ、痛みが和らぎ始めました。それが分かったのは、横になって休まなければと思う時間が一日のうちで次第に遅くなっていったからです。朝は大抵は耐えられました。しかし、昼時には、縦になっているのがきつくなるのが普通でした。特に、座業が続いた後や、大学で忙しかったときは顕著でした。しかし、ある日、夜中まで起きていられたのを今でも覚えています。また、別の日には、チケットが完売するほどの人気映画「戦争と平和」を観に行き、映画館の後ろで4時間半立っていられたのです!そして、いよいよその日がやってきました。大好きなクリケット競技場で(腰痛になって以来)初めて丸一日もったのです。少し痛みはあったものの、爽快でした。
 
   
 
1959年にスカッシュをしていて腰痛が発生しましたが、それまで、どうも、緊張するか、崩れるか、という状態に長い間あったようです。何か特定の動きが原因だったのではなく、単に磨り減っていたようなものです。エックス線によると確かに椎間板が2箇所、磨り減っていました。ただ、レッスンを受けて分かるようになりましたが、それは、偶然そうなったのではないのです。
では、私は何を学んだのでしょうか? アレクサンダー・テクニークは私の生活(人生)にどう影響を与えたのでしょうか?
 
まず、学びですが、自分の人生に責任を持つことが可能だと気付いたことです。最初は身体に関してでしたが、そのうち、心理的・精神的な側面にまで及ぶようになりました。
次に、日々の動きにテクニークを適用したため、痛みが徐々に和らいでいったことです。最初の頃は、痛みが出てからそれに対処するのに使うだけでした。その後、痛みが生じないように防ぐことが可能になったのです。歩く、立つ、座る、食べる、歯を磨くなど、様々な動作にテクニークを適用できるようになりました。そうです、これはワークです。生活の最も基本的な側面におけるワーク(仕事、任務、作業)です。ただし、「見返り」が良かった。もちろん、毎週、報酬があるのではなく、時には、数ヵ月後、数年後にしか報われないこともあります。
 
3つ目として、私の動き方が目に見えて変化したことです。その明らかな変化は、姿勢をどうにかするというような表面的なものだけではありません。次第に、私の姿かたちが測定可能なほどの変化を見せたのです。何よりも、それまでコントロールされていたかのように感じていた自分の人生(生活)ですが、その一側面の責任を担っているのは自分だと思えるようになりました。身体はアスリートのように逞しくなりました。遅くまで起きていられるようになり、スポーツ、大学院進学、仕事、結婚、子育て、「普通の」生活へと変化が広がりました。
 
最後に、容姿が変わることで、自分自身のあり方に満足感を覚えるようになり、こころ穏やかでいられるようになったことをあげておきます。
現在、66歳ですが、比較的元気なのはテクニークを実践しているからだと信じています。自分に合うように生活を調節し、基本的には9時から4時まで仕事をしていますが、世界中を飛び回る満足のいく第二のキャリアです。
これはお伽噺でしょうか?それとも、妄想?錯覚? もちろん、毎日の生活の中には困難もあります。人生は全てバラ色ではありません。それでも、積極的に動き回り、結構満足しています。個人的なことはもうおしまいです。これまでの記述はファンタジーでしょうか? 客観的に観ても改善した私の状態はアレクサンダー・テクニークのお陰でしょうか? そうかもしれない、でも、最終的には、誰にも分からないことです。
 
(翻訳 大谷 尚子)

 

  • 2016年8月18日(木) 20:37 JST

▲このページの先頭へ