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ハードなスケジュールにもかかわらず、お元気にワークを続けてくださるリカ先生に、インナームーヴ編集部がおうかがいしました。

リカ・コーエン先生のプロフィール
1962年認証,ISTAT設立会員
日本アレクサンダーテクニーク研究会・顧問
Teaching Advanced Studies for teachers and trainees

IM: リカ先生がアレクサンダー・テクニーク(以下、AT)と出会われる前に、フェルデンクライス・メソッド(以下、FM)を経験しておられると聞きましたが。
リカ: そうよ。フェルデンクライスはとても偉大な人だったわ。武道の経験があり、エンジニアであり、テクニークを生きている体がどう動くのかということを感覚を研ぎ澄まし、理解した人ね。
IM: 確か、柔道でしたね。
リカ: そう。その上でとっても面白いテクニークを完成したわ。体と心や感覚の関係を彼なりに理解した上で、その多くが床に対して体や頭がどう立ち上がってくるかってことに注目したのね。1対1のハンズオン・ワークを使って…。
IM: FMにはハンズオン・ワークはないんでしょう?
リカ: あるのよ。余談だけど、私が結婚したときにね、彼はけちん坊でプレゼントをくれなかったんだけど、代りに20回の個人レッスンをしてくれたわ。彼とは多くのハンズオンワークをしたけれど、でもATのハンズオンとは違うわ。
IM: どういう点が違うのでしょう?
リカ: ATとFMの違いは、動きについて統合された原理ね。ATは動きそのものというよりも、内的な動き(inner movement)に意識を向けたのね。
IM: 出ました、インナームーヴ!
リカ: そうそう、いいプリントを持っているわ。ここにあることがATの重要な原理なのよ。マクドナルド先生の本にあることで、次の5つのポイントは非常に重要なので、覚えておいて。
  1. 習慣の力を理解すること
  2. 抑制としないこと
  3. 誤った感覚に気づくこと
  4. ダイレクションを送ること
  5. プライマリーコントロール
ATにおいて、みんなはこの原理をトータルに学んでいるのよ。内的な意味での頭と胴体、手足と胴体の関係ね。
FMでは、体そのものの動きに依存するんだけれど、ATは外的な動きを使うというよりも、プライマリーコントロールの誤用である習慣の力を知ることから始めるわね。
IM: プライマリーコントロールも動きに関係しますよね。
リカ: プライマリーコントロールは体の動きというより、内的な動きに関するものなのよ。動きそのものではなくて、どう動いているかっていう、内的なもの。
IM: いきなり難しいテーマですよね。
リカ: それはワークを続ける限り、ずっと取り組む課題よ。これら5つの原理すべてが同時に働いていて、実際の動きが改善されていくものなの。
IM: 原初的なものであるというプライマリーコントロールが誤用されるなんていうことがあるんですか?
リカ: もちろん、どう使われようとプライマリーコントロールは存在しているわ。問題は、彼は自分の使い方のなかに、プライマリーコントロールのより良い使い方があるということに気付いたことね。認識にはレベルの違いがあるわ。
まず、あなたたちは誤まった自分の使い方に気づくこと。
IM: 体の使い方…。
リカ: 使うっていうのは心と体、両方よ。
IM: なるほど。教師の手伝いがぜったいに必要ですね。
リカ: その上で、はじめてプライマリーコントロールの使い方の改善に意識を向け始めることができるようになるわ。
そして、“そこ”に到達するための旅(journey)は、常に継続的なもの。いつも刺激と反応があって、その中であなたは習慣的な反応を抑制することができてはじめて改善の可能性が生まれるわ。
IM: 刺激って外からのものですか?
リカ: 内的なものも外的にもある わ。私たちはみんな内的、外的、両方の刺激を受けているわね。ATの原理を使うっていうことは、あなたがどのように反応するかを選択するようになる、とい うことね。私はこのことを「自由の再獲得(regain of freedom)」って呼んでいるのよ。
IM: なるほど。
リカ: 私たちは習慣の力や偶然の“犠牲”になる必要はないのよ。
IM: 犠牲ですかぁ。
リカ: 私たちは選べる。でも、そのためにはいつも観察する訓練を続けないといけない。努力するほど、より高い可能性を得られるわ。
私はいつも言っているの。ATは宇宙的な法則に基づくもので、その実践は芸術(art)よ。アレクサンダーの姪のバーロウ夫人が言っていたのは、「ATは 奇蹟的(miraclous)なもの。だけど、神秘的(misterious)にしないで。原理とともにワークして」って。私も同感だわ。
IM: 神秘の霧に包まれないためにも、彼はテクニークって名付けたわけですね。
リカ: ATがほかのあらゆる手法と 異なっているのは、さっきの5つの原理、すべてが働いていること。これらの単純な原理、その一つひとつどれもがとてもユニークで、いくつかはFMやほかの どんな技法にも含まれているはずだけれど、すべてが同時に働くのはATだけね。私はそう信じているわ。
IM: 次に個人的な質問ですが、リカさん自身はダンスをなさっていたということですね。
リカ: そうよ。
IM: ダンサー時代にアレクサンダー・テクニーク(以下AT)と出会われて、どんな影響を受けられましたか?
リカ: ダンスに活かせたかって? それにはとってもいい話があるのよ。
とくに素晴らしいのは、ATによって内的な方向性を整える方法を学んでいれば、つまりプライマリーコントロールの原理が働くことで、垂直の軸が内にあっ て、そのおかげでよりよく重力に対抗できることね。頭は胴から離れ、足は地面から離れる。このおかげで、ずっとうまく、軽々と自分を使うことができ、ポー ズをとることができるわ。ダンスに限らず、どんな動きやスポーツでもヨガでも、すべての動きの芸術(art of movement)が。ダンスは筋肉の力のことを考えがちだけれど、ATを学んでから方向性の力、つまり生命力(life force)ということを考えるようになったわね。
IM: その“生命力”について、少しご説明くださいませんか?
リカ: みんな持っているものよ。私が知っている限り、それが働かなくなったら、みんな死ぬわ。私たちも花も一緒ね。目には見えない力だけど、自分を使っている時、それを感じとることができるのよ。
IM: 命とはすなわち力だっていうことですね。
リカ: うまく使えているかどうかは別にして、無意識に感じているはずのものを意識が捉えることができるようになるわけ。ワークによって意識のレベルが上がるのね。教師はそれをタッチで感じ、それを生徒に伝えている。
私のマクドナルド先生はいつも言っていたわ、「それを感じなさい(Feel for it!)」って。彼はitが何かって言わなかったし、私も聞かなかったけれど。それが分かれば説明はいらないし、分からない人にはまったく無意味だもの。
IM: 筋肉の力は重要じゃないんですね。
リカ: いやいや、すべて大事なのよ。なにが優先するかが問題なの。筋肉はダイレクションをカバーしてしまうのよ。
IM: 筋肉に使われるみたいな感じでしょうか。
リカ: 外側から覆ってしまうのね。あまりに強いので、多くの人たちは筋肉の力がガイド(導く)するようになってしまうの。ほんとうは意識が筋肉をガイドしなくてはならないのよ。
IM: 筋肉に使われてしまうっていう感じなんでしょうか?
リカ: 私はそれでとても苦しんだわ。私自身、すばやく反応する強い筋肉を持っていたし、とても筋肉に依存していたの。ダイレクションによって筋肉を使うっていうのは、まるで違う次元の世界よ。
筋肉は使う。それがダイレクションによって導かれてなくてはいけないの。
IM: 正反対なんですね。
リカ: そう。ところで、そもそも私がこの仕事、ATに関わったお話をしましょうか。長い話になるけれど。
IM: じゃあ、きっかけだけでも。
リカ: 疑問を持ったのは6歳だったわ。
IM: 6歳!?
リカ: そう。私はなぜ人々が自分の中でアップしたりダウンしているのか、とても不思議だったの。よく坐って人々を眺めていたわ。
IM: へえ…。
リカ: 動きに関しては子供のときから才能があったのね。スポーツでも…。
IM: どんなスポーツですか?
リカ: 短距離走と走り幅跳びで国内 では優勝したわ。でも、私は壁にぶつかって、自分に疑問をもった。多くの先生に尋ねたけれど、誰も答えられなかったわ。私はみんなよりずっと早く走ること ができた。ダンスを始めた。でも、私は自分を見失ってしまったの。私自身に対する感覚、さっき言った生命力がうまく働かなくなっていたのよ。
努力すればするほど、結果は悪くなっていった。そこで私は答えを求めてさ迷いはじめたわ。フェルデンクライスに会い、教えないかといわれるほど学んだ。多 くのAT教師にも会ったわ。でも、みんな答えじゃなかった、マクドナルド先生に会うまでは。彼に会った瞬間、この人だ!って感じられたのよ。
IM: その時代、アレクサンダー自身から学んだ教師が健在だったのですから、レッスンのレベルは高かったんでしょう?
リカ: たぶん、よかったんでしょう ね。でも、私にとってそうとは限らなかったわ。互いにあまり共通点もなかったわね。あの世代はみんな教師になるために学んでいたんじゃないの。みんなレッ スンからなにか~失ったもの~を知るために集まったのよ。資格を取るためなんかじゃなくて。私が教師育成のプログラムの最初の世代。
私は私の先生を見つけた。だから、私は心から彼に従いたいと願ったの。彼はほんとうに素晴らしかった。
IM: 持っていたものを見失い、それを取りもどす旅…。
リカ: ATは賢くなるためにするんじゃないのよ。それは見つけるため。そして自分の高い自己(higher-self)が、自分を導くように。
IM: 近ごろ言われるようになった、セルフヘルプ(self-help)の道ですね。
さて、夜も遅くなったので、そろそろ終わりたいと思いますが、最後に短い質問を。
日本のATの将来をどう思われますか?
リカ: あら、むずかしい質問ね (笑)。とても有望(very promising)よ。エイジさんやジュンコさんたちがコングレスで会った私を認めてくれ、日本に招いてくれたことは私自身にチャレンジだわ。日本を知 るには時間がじゅうぶんではないし、多くの人を知っているわけじゃないけれど、私の知っている限り、有望だと思うわ。
IM: ありがとうございました。
リカ: この調子で一緒に私とATの本を書いてもいいわね。問答集の形でね。
インタビューを終えて

 

谷村 英司

今年もリカさんが5月10日から約20日間来日されました。そのほとんどの期間、私と中白順子さんはリカさんとワークを共にしました。ワークに対するその真摯な態度は相変わらずで、そんな忙しい合間を縫ってのインタビューでした。
その中でも個人的に印象に残った言葉は「自由の再獲得(regain of freedom)」で、それと関連した「刺激に対する反応の“選択”」、「習慣の犠牲」、という言葉でした(先月号)。つまり、われわれはともするといつ の間にか自分自身で作り上げてしまった習慣の犠牲、あるいは奴隷になってしまっているがゆえに、内外の刺激に対して反応するその瞬間にその反応を選択でき ないでいるということです。ここのところがATの大変面白い、且つ重要な捉え方のひとつだと思います。私は、ATを学ぶまでは自分自身を自由にさせている と思っていたし、そのことが良いことだと信じていました。ところがそれは大きな間違いでした。上の話しで言えば私は単に私の習慣を自由にさせていただけ で、それは習慣の虜になっているのであって本当の自由ではなかったのです。
そしてこの本当の自由はこの習慣から解き放たれ、自己の反応を自分自身で選択できてこそ意味のあるものだということにも気づきました。つまり自由というの は、われわれが自己の反応を選択できるための条件であり、選択するものを持っている人にこそ是非とも必要なものだということです。そういうものを持たない でただ自由を求めても意味を成さないものだということがわかってきました。リカさんが今回の来日でどこへ行ってもみんなに自分で考え、自分の考えをしっか り持ちなさいと何度も言われていたことの意味がわかってきました。

(C)2007 Rivka Cohen/InnerMove

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